明治・大正の大使館と住宅を巡る建築紀行

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大使館・住宅関係

タイムスリップ:明治・大正の大使館と住宅を巡る建築紀行

皆さま、こんにちは!「JAPAN思い出BOX」へようこそ。

今回は、明治・大正時代の国際交流と富裕層の暮らしを象徴する、大使館や邸宅の古写真をまとめた動画をご紹介します。この動画は、当時の日本が、いかにして西洋文化を取り入れ、国際社会に溶け込もうとしていたかを、建築という視点から雄弁に物語ってくれます。

国際社会の玄関口:大使館の建築美

この動画に登場するのは、イギリス公使館、ドイツ公使館、イタリア公使館といった、東京に建てられた各国の公使館(大使館)です。これらの建物は、それぞれの国の建築様式を取り入れつつ、日本の風土にも配慮された、美しい洋館でした。

  • イギリス公使館 :2階建ての洋風建築で、手入れされた庭園とともに、格式高い雰囲気を醸し出しています。
  • ドイツ公使館 :特徴的なバルコニーが、当時の西洋建築の流行を伝えています。
  • イタリア公使館:手前に見えるのは警備員の詰め所でしょうか。建物は2階建てで、変化に富んだデザインが特徴的です。

これらの公使館は、当時の外交官たちが住まい、そして国際的な交流の場として機能していました。写真の中には、植民地統治時代の済南日本総領事館のような建物も登場し、当時の日本の対外的な状況をうかがい知ることができます。

富と権威の象徴:壮麗な邸宅の数々

動画では、当時の富裕層が暮らした邸宅も紹介しています。コンドルが設計した岩崎弥太郎邸 や、以前ブログでご紹介した辰野金吾が設計した兜町渋沢邸 は、日本の財界を牽引した偉人たちが暮らした、まさに「夢の宮殿」でした。

  • 岩崎弥太郎邸:三菱財閥の創業者である岩崎弥太郎の邸宅。複数の煙突や塔がそびえる大規模な洋館は、当時の財界人のスケールの大きさを感じさせます。
  • 鍋島邸:邸宅というよりは、もはや省庁の建築物のような重厚感あふれるデザインとなっています。ネオ・バロック様式の壮麗な洋館です。

これらの邸宅は、西洋の建築様式を取り入れつつも、庭園には日本の美意識が活かされるなど、和洋折衷の独自の文化が育まれていました。

和と洋の融合、そして失われた記憶

動画の最後には、浅野総一郎邸 のような、純和風の大規模な邸宅も登場します。このことから、当時の富裕層の間で、西洋建築だけでなく、日本の伝統的な建築も大切にされていたことが分かります。

この動画は、明治・大正時代に、日本の建築がどのように多様化し、発展していったかを、大使館や邸宅という、個人の生活に近い場所から見つめ直す、貴重な機会を与えてくれます。「JAPAN思い出BOX」では、これからも、このような古写真や映像を通じて、皆さんと一緒に、古き良き日本の物語を紡いでいきたいと考えています。

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