タイムスリップ:明治・大正の金融機関を巡る建築紀行(その2)
皆さま、こんにちは!「JAPAN思い出BOX」へようこそ。
今回は、前回に引き続き、明治・大正時代に日本の経済発展を支えた、金融機関の古写真をまとめた動画をご紹介します。
この動画は、当時の金融機関が、単なる銀行だけでなく、証券取引所や保険会社といった、様々な役割を担っていたことを、建築という視点から雄弁に物語ってくれます。
地方と中央を結ぶ、銀行のネットワーク
動画の冒頭に登場するのは、山口銀行本店 や明治銀行本店 といった、地方都市に建てられた銀行です。これらの建物は、それぞれの地域の産業や経済を支える、重要な拠点でした。
そして、大阪野村銀行 や台湾銀行東京支店 といった建物からは、日本の金融が、国内だけでなく、海外ともつながりを持っていたことが分かります。
生命保険と損害保険:人々の暮らしを支えた建物たち
動画の中盤では、人々の生活を豊かにし、災害から守るための保険を扱っていた会社の建物が登場します。日本生命保険会社 や第一生命保険会社 、東京海上ビルヂング といった、重厚でモダンな建物からは、当時の日本の保険制度が、社会のインフラとして確立されていった様子がうかがえます。
特に注目すべきは、東京海上ビルヂングです。これは、大正12年(1923年)の関東大震災で被害を受けた後、再建された建物です。災害を乗り越え、より強固な建物へと生まれ変わったその姿は、当時の人々の復興への強い意志を象徴しています。
経済の動脈:株式取引所の活気
動画の最後には、日本の経済の動脈とも言える、京都株式取引所 や東京株式取引所 が登場します。これらの建物は、投資家たちの熱気と、日本の資本主義がダイナミックに発展していった様子を今に伝えてくれています。
多くの建物が、関東大震災や第二次世界大戦を経て、その姿を変えてしまいましたが、動画の中に残されたその姿は、当時の日本の技術力やデザインセンス、そして何よりも、近代国家としての理想を追い求めた人々の情熱を、今に伝えてくれています。
「JAPAN思い出BOX」では、これからも、このような古写真や映像を通じて、皆さんと一緒に、古き良き日本の物語を紡いでいきたいと考えています。
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